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東京高等裁判所 平成5年(行コ)35号 判決

東京都渋谷区広尾二丁目一四番二四号

控訴人

谷口八稜

東京都渋谷区広尾二丁目一四番二四号

控訴人

谷口正枝

右両名訴訟代理人弁護士

黒川浩志

大河原弘

梶山公勇

東京都渋谷区宇田川町一番一〇号

被控訴人

渋谷税務署長 古屋勉

右指定代理人

池本壽美子

志村勉

内倉裕二

渡辺進

右当事者間の相続税更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が控訴人谷口八稜に対して平成元年二月二〇日付でした昭和六二年二月一四日の相続開始に係る相続税の更正のうち、課税価格一三億三七二九万円、納付税額八億四八七五万一四〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

三  被控訴人が控訴人谷口正枝に対して平成元年二月二〇日付でした昭和六二年二月一四日の相続開始に係る相続税の更正のうち、課税価格二八九二万円、納付税額一八三七万五〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

四  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

事案の概要は、次に記載するほかは、原判決と同じである。

(控訴人らの主張)

原判決は、被控訴人の課税根拠の主張の変更について、いわゆる総額主義に基づき、その変更が許されるとしたが、相続税には所得税、法人税にはない物納制度があり、この関係で総額主義は所得税、法人税と異なり、相続税には適用がない。

相続税の物納に充てることのできる財産は、相続税法四一条二項により「課税価格計算の基礎となった財産」に限られ、物納財産の収納価額は、同法四三条一項により「課税価格計算の基礎となった当該財産価額」となっている。そして、相続税法基本通達四一条の一(3)は、「更正又は決定により国税通則法三五条二項二号の規定により納付する相続税額については、その更正通知書又は決定通知書が発せられた日の翌日から起算して一月を経過する日」を物納の申請期限と定めている。

ところで、被控訴人は、本件各更正の審査請求の段階においては、本件評価係争物件のうち菅生物件及び田園調布物件は相続財産を構成しないとし、また、右評価係争物件につき評価基本通達によって評価していたが、その後、原審の途中において菅生物件及び田園調布物件が相続財産を構成することを認めたうえで、評価係争物件の評価を取得価額によって行うべきであると主張を変更した。

もし、右変更後の主張のような処分理由が当初から示されていれば、控訴人らとしては、菅生物件及び田園調布物件を取得価額によって物納(相続税法四一条)することができたものである。

しかるに、被控訴人は、本件各更正から二年以上経過した原審の段階に至って前記のとおり主張の変更をしたもので、これにより控訴人らは菅生物件及び田園調布物件については取得価額による物納の道を閉ざされ、かつ取得価額で課税されるという苛酷な状態におかれることになった。

従って、物納という特例の制度が認められている相続税法においては、基本的な相続財産の構成及び評価までを変化させる更正の理由の変更は到底認められず、これをするには再更正の手続によらなければならないものである。この点からも、本件各更正は違法であり、課税権の濫用である。

第三争点に対する判断

一  当裁判所も、控訴人らの請求は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の説示するとおりである。

1  原判決一六枚目表一行目の次に行を改めて以下のとおり加える。

「控訴人らは、相続税については物納制度があり、物納許可申請の期限との関係から、相続財産の構成及びその価額の評価に関する主張を変更することは許されず、課税権の濫用に当たると主張する。

相続税の納税義務者は、納付すべき相続税額を金銭で納付することを困難とする事由がある場合には、課税価格計算の基礎となった財産により、その計算の基礎となった当該財産の価額を収納価額として、物納の許可を申請することができ(相続税法四一条、四三条)、この申請は、物納を求めようとする相続税の納期限又は納付すべき日までに、すなわち更正又は決定により国税通則法三五条二項二号の規定により納付する相続税額については更正又は決定の通知書が発せられた日の翌日から起算して一月を経過する日までに、所定の申請書を所轄税務署長に提出して行うものとされている(相続税法四二条、国税通則法三五条、相続税基本通達四一-(3))。これによると、相続税の申告について更正が行われた場合に、課税庁の認定した相続財産の構成及びその価額の評価等がどのような内容であるかは、納税義務者が当該財産につき物納の許可を申請するかどうかを判断する参考となるものであり、その申請期限を経過した後に右の点に関する課税庁の認定が変更されると、物納との関係で納税義務者が何らかの影響を受けることもありうることは否定できない。

しかし、更正を争う納税義務者が更正にかかる相続税額につき物納を申請するかどうかは、金銭納付を困難とする事由の有無その他の納税義務者側の事情に基づいて法定の期限までにみずから選択すべきことであり、必ずしも更正の理由とされた相続財産の構成又はその価額の評価等に関する課税庁の認定を前提としなければならないものではないし、課税庁の右認定そのものも今後係争中更に変更される可能性なしとしないことは、課税手続の特質に照らして予測できることである。他方、課税庁としては、更正の理由とした相続財産の構成又はその価額の評価等に関する認定を変更する場合でも、課税標準等又は税額を変更するときでなければ、新たな処分としての再更正を行うことはできず(国税通則法二六条)、変更した理由によって当初の更正を維持するほかない建前となっている。もともと相続税の物納制度は、一定の要件がある場合に許される例外的な納付方法であって、課税処分と一体的関係にあるものではなく、これによって課税処分の内容や効力を左右しうるものではない。

これらの点から考えると、更正について係争中の納税義務者が物納の許可申請をすることなく申請期限を経過した後に、課税庁が相続財産の構成又はその価額の評価等に関する認定又は主張を変更することもやむを得ないことであり、この変更が物納との関係から許されなくなると解することは、制度上十分な根拠があるとはいいがたい。特別の事情がある場合に物納について特例的取扱いを認める余地がありうるかどうかはともかく、右変更自体を禁ずべき筋合いはないというべきである。

してみると、物納制度との関連において本件更正理由の変更ないし主張の変更を争う控訴人らの主張は採用することができない。」

2  原判決二〇枚目表二行目の「完済された」の次に「(ただし、住友銀行人形町支店に対する返済の一部は第一勧業銀行からの別途の借入金によって行われており、第一勧業銀行からの借入債務はなお約二六億円ほど残っている。甲六八ないし七一号証)」を加える。

3  原判決二二枚目裏八行目の「係る」を「かかる」に改める。

4  原判決二四枚目裏六行目の「しかし、」の次に「評価基本通達による評価方法が前記の特別の事情がある本件のような場合にまで例外なく適用されるべきものであるとの事実たる慣習あるいは行政先例が確立されているとみるべき確たる根拠は見当たらない。また、」を加える。

5  原判決二五枚目表九行目の「失当である。」の次に「相続税法二二条の時価の意義に関する前記の解釈は、評価基本通達による評価額と現実の取引価額との間に生じている開差を利用して相続税の負担軽減を図ることを防止し、他の納税者との間の租税負担の公平を維持する見地に立脚するものであって、かかる解釈をすることが租税法律主義の建前から許されないとすべき理由はない。」を加える。

6  原判決二五枚目裏九行目の「採用できない。」の次に「租税特別措置法六九条の四の規定の新設前においては、相続税の不動産評価に関する前記の開差を利用して相続税の負担軽減を図るために、被相続人が相続開始前に不動産を取得する事例が少なくなく、この場合の相続税の処理について事案ごとにどのように取り扱うべきかが必ずしも明確でなかったので、右の法改正により一律に、相続開始前三年以内に取得した不動産については取得価額により課税することとしたものであり、この改正が行われたことから、改正前は取得価額により課税することが一切許されていなかったというのは当を得ない。」を加える。

二  よって、本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 淺生重機 裁判官 杉山正士)

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